バイトをやめてからたまたま駅の待ち合い席で出会って話した人間とその後毎日会っている。寂しいので、とお願いしてきたのは向こうの方で、俺はひ弱な少女でもなければ相手もやばそうなガチホモでもないようなのでなんとなくそのお願いを叶えるでもなく付き合う程度にふらりと同じ場所へ足を運んでいるだけだ。とくに相手を気に入っているわけでもないし、明日は行かなくったっていいし、向こうが来なくても、天災で駅がぶっ壊れても、まあ、なんだっていい。
 俺も相手も煙草を吸っていたけれど、俺の煙草はただの不健康で、彼の煙草はそういう教養……教養?というか、たしなんでいるような印象である。今気付いたけど彼は無精髭でとくにお洒落に意識を注いでいるように見えない。俺は髭は剃ってるし服は選んでいるのにこの格差はなんだろう。神様は残酷だ。言葉遊びだ、なんでもない。
 電車が来たとか来ないとか、たまに口を開けばその人はそんなことを言って子供みたいだ。赤いのと青いのと、交互に来ることを見つけたり、俺もそれなりにしょうもない糞みたいな暇潰しをしている。正確には赤、青、青。赤、青、青。たまに黄色の快速電車が通過する。

「あ、二本目」

 目は綺麗だった。こちらを見てそう言う男は微笑んでいるように見えたけど、頬が多少上がっている程度だったのかもしれない、口の端がつり上がったりはしていない。目は、そうだな、きらきらしていた。よく見るとオリーブみたいな虹彩で、珍しい、と心中でつぶやく。「晴れてるんで」理由はなかったし考えるのも面倒だったからこう答えたら、美味しいですねと今度こそ微笑みながら彼は自分の煙草を灰皿で潰す。無意識に無遠慮なタイプである。その後、別に二本目を取り出したりしない。
 次の電車が来て、青い車体に女子高生が吸い込まれて、別な駅に送られていく。それでホームに自分たち以外いなくなり、放送が空々しくなって、煙草はとくに美味くもなかった。煙を吐き出してなんかもういいかと思った。「最近ヤル気なくて」

「不調ですか」
「ま、そーゆーことっすね。楽しいこともないし」
「ありますよね。そういうときはゆっくりしたらいいですよ」
「仕事ないからそんなことも言ってられねっすよ。どうでもいいですけど」

 今、感情とかないから、悪霊に憑かれても怖くないです。そのまま取り殺してくれたらいい。

「……なんて」

 どんな反応されてもいいなと思いながら空を飛ぶからすを見ながら言う。誰かに話しておきたかった。とはいえ、これから死ぬ予定とかはない。口にすることで何か変わることを期待していたのかもしれないが、そういう実感もない。現時点では煙草の煙を吐き出すのと大して違わないなという感想である。大気中の大量の窒素に消えていく、声という波。海は嫌いかもしれないなとこのときなんとなく考える。
 答えがないので視線を男にやる。彼はびくりとして、ばつが悪そうに笑って、あんまり良いものじゃないですよ、と言った。「馴染みでもあるみたいじゃないですか」「そう……そういうわけじゃないんですけど、なんていうのかな……」苦笑が続く。何か話したくないことがあるらしいことはわかったし、だったら嘘吐いたっていいのになと思った。
 男が一度だけ肩に首を埋めるように体を縮め、俯いて、唇を引き結んで泣きそうに、頭をぐしゃりと掻いた。「なんていうのか……」こちらを見る瞳。光を確かに反射している。

「頑張って生きてください。」

 目元だけがどうにも若いのだ。皺はあるのに、少し赤くして、やはりきらきらして。拗ねているようにも見える。
 そうして相手は立ち上がって、さようなら、と残して見えないところまで行ってしまった。下らないこと言ってないで働けってことだろうかと思って、余計なお世話だ、と煙草を潰して捨てる。帰ろうか悩みながら靴の爪先を地面に打ち付けて遊んで、なんとなく周囲を見回したら彼の座っていたベンチに開封済みの煙草のパッケージが置いてあるのを見つけた。
 なんとなく、届けてやってもいい気がして拾い上げ、あの人の歩いていった方向へ向かう。放送が快速電車の通過を知らせていた。
 彼はよりにもよってホームの、屋根もない一番端のところに立っていた。歩いていくのもダルいが大声をあげるほうがダルくて足を踏み出す。黄色い線の入った白い車体がこっちに来ていた。

 電車が思ったよりも静かに通過して驚く。近くで轟音はしていたからどうしてそう思ったのかわからなかった。鼓動が速くなっていて、息が、上手くできない。(……え今とびこんだ?)男がいない。その体が傾いだのは見ていた。傾いだのだ、線路に向かって、それは、やはり、飛び込んだということだ。(………ち…血とか……)飛ぶもんじゃないの?
 そうしているうちに快速が尻尾まで走り抜けて、惨状を想像した俺は反射的に目をつむる。生暖かい風が頬に吹き付けた。恐る恐る目を開けると、そこには何の変鉄もない駅のホームがあるだけだった。握っていた手の力が抜けて煙草の箱が息継ぎをするような音を立てる。はっとして彼のものであるはずのそれを見ると、黒ずんで汚い。何かが乾いてその色になったみたいで、それがどんなものかくらい想像がついた。
 どうしてあの人はあんなに目をきらきらさせていたんだろう。


 青い電車が来て、口を開けた。送ってあげよう、と言うようだった。


20140202

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