花嫁衣裳は死に装束だとどこかで聞いたことがある。今までの家の自分が死に、嫁ぐ家の人間として生まれ変わるとかなんとか。
 現代社会においては婚姻という儀式をそこまでストイックに考えている人はほぼいないだろうし、とくにそこに高い意識を持っているわけではないので姉のウェディングドレスや白無垢を見てああもうこの人はうちの人として扱えないんだななんて考えで泣いたりはしなかったし、実際姉は週に一度くらいの頻度で実家である我が家に帰って来て、先に出来てた子供も私の妹だと思われてるんじゃないかってぐらい父や母に可愛がられている。確か相手は長男だったけど、別に向こうの家に仕えてるような話も聞かない。たまたまそういうのに拘らないお家だったのかもしれないし、やはり現代では廃れてきている文化なのかもしれない。

「ミナミぃ、もう一本」
「何本飲むんだよ」
「もう一本だけ!」
「どっち」
「ハイボール」

 ついでに言うと姉は「花嫁」「新婦」「母親」といった語句が携えている神聖なイメージからかなり遠いところにいる。赤ん坊が夜泣きしないのをいいことにたびたび夜にお酒を飲んで、朝は彼女よりも遅く起きたりして、まあ自由なものだ。こんなのでも結婚してしまったら妻だし子供が生まれてしまったら母親なのだなあと冷めた目で見ているけれど本人は気付いてくれない。可愛い姪のためにも是非気付いてもらいたいものなのだけれど。
 電気の切られているキッチンで、冷蔵庫に並んだ姉の為のビールとハイボールの缶を一つ選んで扉を閉める。唸るようなファンの音が静かになって、もともとそれよりもうるさい家族の笑い声がいっそう耳に響いた。本当に、赤ちゃんはよくこれで寝ていられるな。じわりと発露を始めようとしてる缶が私の指先の熱を着実に奪っていく。
 折角結婚してこの家を出て行ったのに、私はまだ姉のパシリか。居間の照明が浸食する床を見下ろしながらため息を飲み込んで考えてしまう。幼い頃から本当に、姉はいつも自由で私を上手に使ってきた。別にそれで大損をしたとか、取り返しのつかない不幸に見舞われたとかそんなドラマは一切なく、私も姉を恨んだりするほど自意識が強くはない。たぶん一般的な妹がそう感じるように、「また姉の我儘だ、面倒くさいな」と思うのだ。
 そして言われた儘にする。結婚式の景色よりも、この瞬間のために白いヴェールはあるのだと説明されたほうが私にはピンとくる。
 ねえー、ミナミちゃーん。どこー?
 酔っ払った姉の話し方は幼いときのそれとよく似ていて、何度もデジャヴに陥った。私が妹でいるそのとき、たぶん私は私ではない。

「ここにいるよ」

 差し出した缶が結露を集めて、ぽたりと一滴、落とした。


即興小説トレーニング(修正済) お題「かたい転職」
20160118

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